ラフマニノフ:交響曲第2番 ホ短調 Op.27
アンドレ・プレヴィン指揮 / ロンドン交響楽団 / 1973年 / EMI
この録音を初めて聴いたのは中学生頃だったかな、もう正確には思い出せない。ただ、聴き終えたあとしばらく何もできなかったことは覚えている。第3楽章が終わったところで、針を戻したくなる衝動を堪えるのがむずかしかった。
今のように、音楽が短く切り取られ、最も甘い部分だけが何度も消費される時代に、この曲はまるで逆のことを教えてくる。音楽の感動は「サビ」だけに宿るのではないこと。美しさは、待たされた時間、積み重ねられた時間、そして沈黙を含めた流れの中で、はじめて本当の深さを持つこと。ラフマニノフの交響曲第2番は、急がずに聴くことそれ自体が、すでにひとつの贅沢なのだと教えてくれる。
書かれた場所と時代のこと
ラフマニノフが交響曲第2番を書いたのは1906年から07年、ドレスデン滞在中のことだ。
なぜドレスデンだったかというと、10年前に話を遡る必要がある。1897年、彼は交響曲第1番の初演で手ひどい失敗を経験した。批評家たちの酷評と、自分自身への不信。以来、彼はほとんど作曲ができなくなった。催眠療法を受け、ようやく自信を取り戻して書いたのがピアノ協奏曲第2番(1901年)だったが、交響曲というジャンルへの恐れはしばらく続いた。
ドレスデンへの移住は、ある意味での逃避だった。革命前夜のモスクワを離れ、静かな街で書くことだけに集中した。同じ時期に「死の島」も生まれている。内向きの、しかし豊かな時間だったのだと思う。
交響曲第2番はその産物だ。第1番の失敗から10年、ようやく書けた交響曲。旋律の量と密度が異常なほど濃いのは、溜め込んでいたものが溢れ出たからではないかと感じる。
プレヴィンという指揮者について
アンドレ・プレヴィンという人は、少し変わった経歴を持つ。映画音楽の世界で名を上げ、アカデミー賞を複数回受賞した後、クラシックの指揮者に転身した。
その出自を馬鹿にする向きもあったようだが、私はむしろそこに彼の強みがあると思っている。ハリウッドで叩き込まれたのは「旋律をどう聴かせるか」という感覚だ。映画音楽は旋律が命で、それが観客の感情を動かす。プレヴィンの耳は、旋律の呼吸に対して極めて敏感だった。
そして、この1973年盤にはもう一つ重要な意味がある。
当時、ラフマニノフの交響曲第2番は「カットして演奏するもの」とされていた。60分近い演奏時間を短縮するため、指揮者たちは第3楽章を中心に大幅なカットを施していた。それが当たり前だった。(私はそれに今のショート動画を重ねてしまう。便利なのだけれど。)
プレヴィンはそれをしなかった。ノーカット、完全版での録音。この盤がきっかけで「カットするのはおかしい」という認識が広まっていったと言われている。作曲家が書いたものをそのまま鳴らす、という当然のことが、当然ではなかった時代の話だ。
テンポは急がない。流れるように、しかし決してだれない。ドイツ系の指揮者によくある「構築する」アプローチとは異なり、音楽がごく自然に前へ進んでいく。この曲に必要なのはそういう呼吸だと、聴くたびに思う。
第3楽章のクラリネットのこと
この盤を語るとき、ジャック・ブライマーの名前を出さないわけにはいかない。
第3楽章アダージョは、長い弦の旋律で始まる。それだけでも十分に美しいが、やがてクラリネットが入ってくる。ブライマーはロンドン交響楽団の首席奏者で、この時期の英国クラリネット界を代表する奏者だった。
彼の音は、温かく、丸く、少し翳りがある。ラフマニノフがこの楽章に込めたものを、美しい旋律で表現している。
ショート動画なら、この旋律の“おいしいところ”だけを抜き出すことはできるだろう。実際、それでも十分に美しいはずだ。けれど、本当に胸を打つのは、その旋律が現れるまでに、どれだけ丁寧に空気が整えられてきたかを耳が知っているからだ。前後の流れがあるからこそ、このクラリネットはただ美しいだけでなく、忘れがたいものになる。感動とは断片ではなく、文脈の中で深くなるのだと、この楽章は教えてくれる。
録音について、少しだけ
EMIのアナログ録音、1973年。弦の質感は少し甘い。現代のデジタル録音のような解像度や分離感はない。
ただ、それがこの盤には合っていると思う。
録音場所はロンドンのキングスウェイ・ホール。昔の録音をよく聴く人にはおなじみの名前だが、このホールはただ有名なだけではない。英国録音の黄金時代を支えた、いわば響きそのものの記憶が染みこんだ場所だった。残響は豊かで、しかし重すぎない。音が少し溶け合いながら広がっていく。そのため、ラフマニノフのように旋律が長く息をし、弦と木管が感情の濃淡を受け渡していく音楽には、相性がよい。
プレヴィンが鳴らしたかったのは、輪郭の鋭い音ではなく、空間に溶けていくような音だったと思う。EMIのエンジニアたちもそれを分かっていたのか、マイクは音に近づきすぎず、ホールの空気ごと録っている。50年前の録音なのに、今聴いても古びた印象がない。録音の「正しさ」というのは、時代ではなく選択の問題だと、この盤を聴くたびに感じる。
なぜこの盤か
ラフマニノフの交響曲第2番の録音は数多い。ロシア人指揮者による重厚な演奏も、現代の精緻な録音も素晴らしいものがある。
それでも私がこの盤に戻り続けるのは、音楽が「伝わってくる」からだ。説明されるのではなく、体に届く。
第3楽章が終わったとき、しばらく何もできなくなる盤。それがプレヴィン / ロンドン交響楽団の1973年盤だ。
作曲:セルゲイ・ラフマニノフ(1906〜07年)
指揮:アンドレ・プレヴィン
演奏:ロンドン交響楽団
録音:1973年 / EMI
備考:ノーカット完全版
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